子どもたちの心を動かす「アクティビティ型の学び」と、『未来の教室』の具体像。

 
こんにちは、“未来の学校フェルマータ”の清水です(^^)
 
今回は、先日行ったスノーシュー作りのレポートを通して、子どもたちの心を動かす「アクティビティ型の学び」について詳しくみていくことで、『未来の教室』の具体像に迫っていきたいと思います!
 
 
 
はじめに

どうしたら、子どもたちが、学ぶことがより楽しいと思えるようになるか?
生徒たちが、旺盛な好奇心から、意欲的に物事を学んでいけるようにするには、どうしたらいいのか?
 
教育について考えていくためには、色々なことを見ていく必要がありますが、まずは一番の主人公である子どもたち/生徒たちの「学びの質」に目を向けていきたいと思います。
 
 
家のことでも、仕事でも、趣味遊びでも、私たちが何かをやる時、楽しければそれは何よりですよね。「楽しい」というのはとても大事なことで、人は、楽しければ、自分からすすんで動いていきますし、その時の物事の吸収はとても速いです。
 
いやいや仕方なくやるのと、楽しんでやっていくのとでは、心のありかたがまったく違いますね。いやいやでは“消耗”してしまいますが、楽しさのあるところでは「活性」「拡大」していきます。
 
 
では、どうしたら学びをより楽しいものにデザインしていけるか? 色々な考え方や試みがあると思いますが、公的な教育システムを新たに再構築していくことを考えるとき、「具体的な体験をともなう《アクティビティ型》の学習」というのが、ひとつキーワードになるのではないかと思います(^^)
 
 
 
「アクティビティ型の学び」が、生徒たちの心を動かす!

 
生徒たちに、実際に手でつくったスノーシューを見せて、「これでこんなとこ行って遊んできたんだよ!」と話すと、かなり多くの割合の子どもが「すご〜い!」「カッコいい〜」「やってみたい!」と、ぐっと前のめりに反応します!
 
この瞬間的な反応は、とても純粋でストレートなもので、これこそがとても大事なこと。その瞬間、生徒たちの関心は、楽しそう/自分もこういう体験をしてみたい!と、目の前にあるスノーシューとその先にある体験に引き込まれています。
 
生徒たちは「リアルな体験=アクティビティ」が大好きで、それを求めています
 
 
でも、もしこれが「はい、これから圧力の単元に入ります。教科書◯◯ページを開いてください。圧力というのは、単位面積あたりに働く力の大きさのことです。単位は[Pa(パスカル)]で、圧力[Pa]=力[N]÷面積[㎡]ということが成り立ちます。…」となれば、どうでしょうか。
 
 
 
もちろん紙とペンを使った机上の勉強もとても大事です。人はそれが出来るから、頭の中だけではできないようなことを詳しく考えたり、知識や物事にうまく整理をつけ発展させたりすることもできるわけです。抽象性というのも、物事や世界への理解を深化させます。
 
ただ、学び方がそれだけになってしまうと、物事がうまく機能しなくなってしまうということもあるのではないでしょうか。すべてが紙の上だけのことだと、現実性(リアリティー)がなく、実感を持てないから理解もしにくい。また、どうしてそんなことをやるのかも分からず、面白くもないということになってしまうわけです。端的に言えば、学んでいることが自分にとって意味をなさないわけです。
 
 
でも、「勉強はこうやってするもの」という従来の観念から少し自由になって、そこにひとたび具体的な動きのあるアクションプログラムやプロジェクトという形を与えてあげると、途端に生徒たちの心は動き、その時間が生き生きとしたものになってくるのです!
 
 
 
 
観察やプラニングで育つ、物事を“読む”力。

アクティビティの内容はどんなことでも構わないと思います。いずれにしても、これから自分が何をしようとしているのか、最初に「具体的なイメージ」をつくることが大切です。それが無ければ、ただ先生の指示される通りに動くしかなくなってしまうからです。
 

 
今回は「一緒にスノーシューを作ってみよう!」ということで、まずは実物をよく見ながら、スノーシューというものがどういうふうになっているのか、何か特徴や仕組みなど気付くことはないか、具体的にみていきました(^^)
 
 
イメージ作りは、「“眼”で見て、物事を理解する」という、私たち人間が備えている、実はとても高度なことを養うことにもなります。
 
人は体験したことがないことについては分からないので、もちろん限界はありますが、眼で見て、ここがこうなって、こうなるから…と想像力も目一杯働かせながら、いま自分が知っている世界の一歩先の状況がどうなるか、(今回ならばこうしたらこうなるからここにこう力が加わって、…とまさに力学的なことなども含め、)自然と色々なことに意識を向けることになるわけです。
 
皆で1つのプロジェクトをしようという時も、子どもたちで中心となって段取りを考え、必要な準備や役割分担などをプラニングしていきます。
 
アクティビティ型の学習では、準備も、大きな学びとなります(^^)
 
 
 
 
今回は、観察しながら色々なことに気づいていきつつ、最後どうしても「回転する足のせプレート」が、どうしてそんなふうになっているのか、回転することで何がどうなるのか(あるいは回転しないとどうなのか)、色々見て思いをめぐらせてみても、なかなかよく分からなかった様子。
 
「じゃあ、実際に足につけてみようよ!」
 
一度ストップした想像や思考が、ふたたび進むように、生徒たちの意識(の動きや状態)を見ながら、ふっとひと言やワンアクションを添えてあげます!
 
 
※ 上の写真を見て、何か違和感を感じますか?
(“眼”で見て物事が読みとれるか/想像できるかクイズです(笑) ※後傾感がヒント
 
 
 
 
アクティビティは学びの宝庫!

 
具体的なアクションを伴った学習の中で、子どもたちは本当にさまざまなことを体験的に学んでいきます!
 
 
運動・身体能力 :
体を使うことで、これまでつながっていなかった(あるいは不活性だった)神経ネットワークができていき、その結果、身体的な能力が培われていきます。脳への刺激・発達が促されることはもちろん、体(感覚)と心(思考)のつながりを通じて、精神性も成長します。
 
 
デザイン 〜造形・美しさ・機能に対する感覚〜 :
見た目の美しさや、モノの機能を表現することがデザインです。今回のように、自分の足(ブーツ)に合わせた寸法を考えて、作っていくこともデザインの内ですね。モノの質感・印象は、人の情緒や心に大きな影響を与えますし、「生み出す」「創りだす」ということが大きな価値をもっていくこれから時代、様々なモノ/コトを自分の手でつくる経験が大きな財産となります。
 
 
理数的な能力 :
理数というと、とても偏ったイメージが伴ってしまいがちですが、どれも「自然」のこと。私たちがその一部として自然と共に生きる以上、生活を送ったり何かをすることの中には、自ずと算数・数学や理科的なことが関係してきます。それらを紙の上だけの知識としてではなく、楽しいアクティビティを通して親しみやすいかたちで学んでいくことで、実体験に裏付けられた「血肉の通った感覚・知識」として、自分のものにしていくことが出来ます。
 
 
教科横断的な学習 
アクティビティ型の学習では、従来の教科(縦割り)の壁を超えた、より柔軟でダイナミックな横断的/包括的な学びが可能になります。ひとつのモノ/コトには、様々な分野の色々なことが関係し、結びつきあってます。でも、それらを知識や技能として、例えば教科という個々の“箱”にバラバラに切り離して、分けてしまったらどうでしょうか。物事や知識はすべてがつながっているからこそ、そこにリアリティーや意味が生まれ、また思考や発想の“なめらかな流れ”も生まれるのだと思います。
 
★詳しくはまた別の機会にゆずりますが、知識や技能などを体系的にまとめることは、これまたとても大切なことですが、学問としての体系と、私たちが効果的に物事を学んでいく道筋/方法論は、必ずしも同一ではないのではないでしょうかということだけ、ここでは付記しておきます(^^)
 
 
コミュニケーション :
多様な背景や異なる立場の人たちと、調和的で建設的なコミュニケーションを図り、物事を生み出していくことがますます求められていくこれからの時代、学校生活の中で実地にそのような機会をたくさん経験していくことは、1つの大きな財産になるのではないでしょうか。プロジェクト・ベースの学びは、日本人が苦手とされつづける表現/アウトプット能力も自然と育むことができます。
 
 
発想力/創造力 :
アクティビティの中では、何かを発想することが求められるような機会も多々あります。例えば、下の写真のように、「回転」というごく基本的な運動を得るにはどうしたらいいかという場面がありましたが、材料を手に持って、あれこれ考えやってみたりしますが、簡単なようで意外にそれほど簡単ではありません(笑)
 
また、自分たちが思い描いたものが形となって現れるという創造的な体験は、これから自分の人生を創りだしていく子どもたちにとってとても大切なもので、小さなことからやがて大きなことにまで、時間をかけて取り組む価値のあることなのだと思います。
 
 
体験 × 知識の統合:
知識は、それだけでは必ずしも意味をなすとは限りません。それと同じように、せっかく体験があったとしても、それだけでは「そこにあったもの」を意識的にすくい上げることなく、終わってしまうこともあるのだと思います。その双方を結びつけるような時間をくぐることで、実体験に裏付けられたかたちで、知識が子どもたちの中で意味をなすようになるのです。これについては、記事の最後にも、改めて少し書きます。
 
 


回転するようにしたいけど、どうしよう…


真ん中(中心)は対角線で出せるね!

 
 
 
ちょっと深イイ話?(笑)

いろいろと列挙しましたが、「具体性に欠ける机上の話だと意味がわかりにくい」ので(笑)、今回の事例をもとに、1つだけ具体的な話をしたいと思います。
 
例えば、ノコギリで木を切る/錐(キリ)で穴をあけるという作業ひとつをとっても、要は「力をどう伝えるか」ということが大きな問題になります。
 
体の使い方ひとつで切り進むスピードはまったく変わってくるので、その微妙な違いを感じ取り、力の入れ方を修正するというバイオ・フィードバック的な作業が、運動神経や知能に結びつきますし、「真上から垂直に力をうまく加えることができれば、その時一番効率よく木に力が伝わる」というのはそのまま物理(力学)の話です。
 
★力学、、と思われた方もいるかもしれませんが、本人としては疲れるか/楽かということで、死活問題です(笑) だから、これは自然と「自分自身の問題」になっているのです。ここが実は、教科書ベースの学習との決定的な違いになります(^^)
 
 
それを実際にやって見せて、簡単なことばも添えることで、「頭でも分かった上で、実際に自分の体をそういうふうに動かして、“違い”を体感で認識する」。これが、単に心身の発達にとどまらない、実体をともなった理数的な感覚や理解にもなるのです。
 
このような下地があるだけ、たとえば机上の勉強における数式や計算などもわかるようになります。数式がわからない/頭に入らないのは、そこに表現されていることが分からないからです。
 
 
ちなみにノコギリの使い方については、「のこぎりを真上から見るようにして切る」と説明されることも多いかと思いますが、そこには「力の伝わり方に関する意識」はあまりありません。体勢と力の伝達は表裏一体なので、どちらからのアプローチでも結局は同じところにたどり着きますが、「どうしてその体勢・ポジションなのか」という本質の部分に意識が向くようにしてあげれば、体勢は自ずからそうなり、結果として少ない労力でまっすぐに切ることもできます(^^)
 
そして何より、本質的なものの見方は、他のさまざまなところにも通ずる“場所”なので、机上の勉強につながることはもちろん、日常のことにも応用が効きますし、ひとたび本質に触れ、その場所から色々なことをみるようになると、「あ、これも結局あれと同じだ」と色々なものが“同じこと”に見えてくるようになります(笑)
 


かなり上手になり、大きな板もうまくカット!


錐(キリ)も同じ。この2つが“つながる”かな?!(笑)

 
木を切る。それ自体は、単なるひとつの行為でしかなく、それが特段に重要なことではないかもしれません。でも、こういう小さなコトでも、一度それをちゃんと“見る”ことができれば、色々と大切なこと・本質的なことが浮かび上がってくるものです。そういう時空間を、アクティビティを楽しみながら、生徒たちには気づかないぐらい自然に、(でも丁寧に意図して)届けていけたなら、それはそれで素晴らしいことなのかなと思います(^^)
 
 
(まったくの余談ですが、木の板に対して“圧”を加えないで一生懸命切っても、疲れるだけであまり切れないのは、例えばスキーやスノーボードで、普通に滑れる人が、カチコチのアイスバーンになると雪面の上をシャーと板が“上滑り”してしまって恐いのと、まったく同じことです。 すみません、スキー/ボードをしない人は気にしないで下さい…!笑)
 
 
 
 
「失敗」さえもが、本当の理解のための大事な要素。

また、実践には失敗もつきものです。でも、人は実体験を伴った失敗をすることでこそ、ものが見えるようになるという面もあるのだと思います。
 

 
 
この写真は、スノーシュー本体とブーツを固定するためのベルトを付けているところですが、バックルの爪がベルトに噛むためには、実はここでベルトの表/裏を考えて付ける必要があります。
 
今回は、実際にくっつける前に、「これがこういう風に裏になっていたら爪が噛まないからダメだよね」と一緒に確認しましたが、いざ作り終えて完成〜!!と思ったら、ベルトが逆でブーツを固定できなくなっていました(笑)
 
これで彼は「あぁ!」と理解しました。
 
この「あぁ!」のひと言の中にすべてがあります。彼は、バックルの付け直しの作業をすることになったこの失敗によって、本当に物事に気づいたのです。
 
 
 
ことばというのは、自分がそこにたどり着いた時にはじめて、その意味が解るものです。
 
失敗をしたからどうとか、失敗をしなかったから素晴らしいとかではなく、人はそもそもこういうものですね。僕自身もそうです。
 
人は、“正しい”ことを示されても、思うようにそれを理解できません。むしろ実体験という現実をともなう“失敗”(あるいは問題)があることで、物事に気づき、本当に理解できるのではないでしょうか(^^)
 
 
 
 
 
 
終わりに 〜好奇心からはじまる学び。体験 × 知識のハイブリッド学習へ!〜

ここまで、教室にアクティビティを取り入れていくことで、子どもたちの学びの時間に“動き”が生まれ、好奇心から、すすんで色んなことを学んでいけるようになるということを見てきました。
 
アクティビティをベースとした実践的な学びは、子どもたちの「リアルな体験を楽しみたい」という自然な心にマッチするだけでなく、「知識は、出来事や状況と結びつくことで、具体的な意味を持ち、自分の中でリアリティーある形で深められるようになる」という私たち人間の自然なモノの学び方にもかなっているわけです(^^)
 
 
机上の勉強では頭に入りにくいことも、具体的なアクションのなかで出会い学ぶことは、より自然に自分のものにしていくことができますね。
 
たとえば今回の教室であれば、スノーシュー・アクティビティを通じて圧力というものについて出会い、最後には「太いペンなら大丈夫でも、鉛筆の先が足に落ちると痛いのは、『とんがった一点(ごく小さい面積)に力が集中するから』」ということが、体感を伴って自分で“見える”ようにもなりました(笑)
 
こんなふうに、実践的なアクティビティのなかで出会うさまざまな事を、先生がわかりやすくナビゲートすることで、「そこにあったもの」を子どもたちが意識的につかまえられるよう手助けしてあげる。それもできる限り、アクティビティと知識(の獲得)がとけあうように、同じ“トーン”の時間のなかで。
 
それが、体験の生の記憶と、その体験に裏付けられた知識とが連動する学びであり、自分の世界とつながりのある血肉のかよった理解なのだと思います!
 
 
体験(アクティビティ)と知識(ことば)。これは、私たち人間に与えられた「2つの《世界》の経験の仕方」なのだと思います。どちらかだけでも何かよくわからない。でも、その両輪が組み合わさることで、まるで表と裏で全体が完成するように、子どもたちにとっての学び(Learning)も、遊び(Play)と勉強(Study)を超えたところで、本当に実質あるものにできるのではないでしょうか(^^)
 
 
 
「大人の学び直し」が1つの社会的なブームになって久しいですが、それは言葉をかえれば、意味が分からないまま過ぎ去ったあの勉強がいったい何だったのか、大人になった今、自分の中で意味を持つかたちでもう一度捉え直したいということであり、教科書と問題集で問題が解けるように再度勉強したいということではないのではないでしょうか。どんなに勉強が嫌いだった人も、出来なかったという人も、それはある種のかたちで行う勉強とうまくそりが合わなかっただけで、人間は誰しも知りたい/学びたいという欲求をそもそも持ちあわせているものなのだと思います。
 
だからこそ、子どもたち/生徒たちの学び・成長を支える時、その好奇心がうまく生かされていくことが大事なのではないでしょうか。
 
 
楽しいアクティビティを作りだしながら、子どもたちが好奇心と意欲をもって、身体、クリエイティビティ、芸術性、表現/コミュニケーション力などを実践的に培い、そして、より積極的に知識もきちんと意味を伴った形で学ぶことができるような教室
 
それが未来の学校のひとつの姿なのだと思います。(^^)
 
 
 
 
さぁ、大きなフィールドへ出発しよう!